【2011年新司法試験 まで 】事例研究刑訴法はかなりいい。の巻【212日】

事例研究刑訴はかなりいい。


別件逮捕について、裁判例・実務の立場、かつ、川出説で解説してるのないかな?ってずっと思ってたけど、こんなところで発見できるなんて!
つーか、執筆者の半分以上が実務家みたいだし。
解説もすばらしすぎる。
もっとも、まだ3問くらいしか解いてなくて、まだ全部読んでないから残りはわからんけれど、伝聞のところはよかった。
まぁ、百選のあの最高裁裁判官の解説が1番ではあるけど。

復習裁判例

福岡地判平成12年6月29日

■事実の概要

被告人は、平成2年1月27日、殺人の嫌疑により家宅捜索を受けると共に、警察署に任意出頭し、殺人についての事情聴取中に任意提出した尿から覚せい剤成分が検出されたことから、翌28日未明に覚せい剤使用の事実で通常逮捕され、同月29日引き続き同署の代用監獄に勾留ざれ、勾留延長を経て満期日である同年2月17日、覚せい剤の使用及び所持の各事実で起訴され(以下、右逮捕から右起訴までの身柄拘束を「第一次逮捕・勾留」という。)、その後、引き続き、同署の食用監獄に勾留された後、同年3月8日、殺人の事実により通常逮捕され(以下、覚せい剤事件の起訴から殺人の逮捕に至るまでの身柄拘束を「起訴後勾留」という。)、更に、引き続き同署の代用監獄に勾留され、勾留延長を経て満期日である同月30日、殺人の事実で起訴された(以下、右逮捕から右起訴までの身柄拘束を「第二次逮捕・勾留」という。)。

■判旨

四 当裁判所の判断
1 身柄拘束の経過
 被告人は、平成11年1月27日、殺人の嫌疑により家宅捜索を受けると共に、筑紫野署に任意出頭し、殺人事件についての事情聴取中に任意提出した尿から覚せい剤成分が検出されたことから、翌28日未明に覚せい剤使用の事実で通常逮捕され、同月29日引き続き同署の代用監獄に勾留され、勾留延長を経て満期日である同月17日、覚せい剤の使用及び所持の各事実で起訴され(以下、右逮捕から右起訴までの身柄拘束を「第一次逮捕・勾留」又は「別件勾留」という。)、その後、引き続き、同署の代用監獄に勾留された後、同年3月8日、殺人の事実により通常逮捕され(以下、覚せい剤事件の起訴から殺人の逮捕に至るまでの身柄拘束を、「起訴後勾留」という。)、更に、引き続き同署の代用監獄に勾留され、勾留延長を経て満期日である同月30日、殺人の事実で起訴された(以下、右逮捕から右起訴までの身柄拘束を「第二次逮捕・勾留」という。)ものである。
2 第一次逮捕・勾留の適否
 前記のとおり、捜査本部では、被告人に任意同行を求めた時点で、すでに被告人に対する殺人の容疑を固めており、一方で覚せい剤事件での嫌疑を得たことから、殺人事件については後刻本格的な取調べを行うことにして、ひとまず被告人の身柄を拘束して覚せい剤事件についての捜査を遂行したことが認められ、また、証人甲田五郎及び同乙田六郎の各公判供述並びに別紙のとおりの取調時間、供述調書作成の経緯等によれば、別件勾留中にもある程度の時間が殺人事件の取調べに費やされたことが明らかであって、これらによると、捜査本部は、殺人の事実につき、未だ被告人の身柄を拘束するに足りるだけの資料が収集できていないと判断し、覚せい剤事件での身柄拘束状態を利用して、本件である殺人事件の取調べをも行う意図を有していたことは容易に推察することができる。
 しかし、違法な別件逮捕・勾留であるかどうかを判断するにあたっては、まずは本件と比較したときの別件の罪の軽重を重要な指針とすべきところ、尿鑑定の結果によれば、被告人の覚せい剤使用の事実は、嫌疑が明白であった上、その罪質や法定刑等からすると、殺人に比べて軽いとはいえ、通常は公判請求される事件であり、殺人事件が存在しなければ通常立件されることがないと思われるような軽微な事件でないことは明らかである。右の点に加えて、前記認定のとおり、覚せい剤事件の捜査は、殺人事件の捜索の過程において偶然に覚せい剤が発見されたことを契機とするものであることからすると、別件勾留がことさら殺人事件の取調べを行うための手段とされたという事情も認められず、また、別紙のとおり、覚せい剤事件に関する各供述調書の作成状況をみても、通常必要とされる捜査が遂行されたと認められるのであって、これらの事実を総合すると、第一次逮捕・勾留の目的が、主として殺人事件の取調べにあったとみることはできず、むしろ、捜査本部としては、覚せい剤事件の捜査を遂行する中で、これと併行し、あるいは余った時間を利用して殺人事件の取調べをする意図であったとみるのが自然かつ合理的である。
 したがって、第一次逮捕・勾留は、令状主義を潜脱するような違法な別件逮捕・勾留には当たらない。
3 第一次逮捕・勾留中の余罪取調べの適否
(一)前記のとおり、当裁判所は、第一次逮捕・勾留自体は適法であったと考えるが、捜査機関がその期間中に当該逮捕・勾留されている事実以外の事実について被疑者を取り調べるという、いわゆる別件勾留中の余罪取調べが許されるか否かは、また別個の問題である。そこで、第一次逮捕・勾留中に行われた殺人事件の取調べが、余罪取調べとして許されるものであったかどうかが検討されなければならない。
(二)別件逮捕・勾留中の余罪取調べが許されるか否かについて見解の対立があることは周知のとおりであるが、余罪についてもいわゆる取調受忍義務を課した取調べが許されるとする見解は、刑事訴訟法が、逮捕・勾留について、いわゆる事件単位の原則を貫くことにより、被疑者の防御権を手続的に保障しようとしていることに鑑み、採用できない。
 別件逮捕・勾留中の余罪取調べについて限界を設ける見解には、余罪について事実上取調受忍義務を伴う取調べがなされたときは、これを違法とするものと、取調受忍義務に直接触れることなく、実質的な令状主義の潜脱があったときは、これを違法とするものがある。前者の見解によると、余罪について手続的な手当がなされたかどうか、すなわち、捜査機関が余罪の内容について被告人に明らかにした上で、その取調べには応じる義務がなく、いつでも退去する自由がある旨を被疑者に告知したかどうか(退去権の告知)、余罪についても黙秘権及び弁護人選任権があることを告知したかどうか(黙秘権等の告知)を審査し、これらの手続きが履践されていないときは、違法な取調べということになり、その取調べの結果作成された供述調書等は証拠能力を有しないとされる(ただし、別件と余罪が密接な関連性を有し、別件についての取調受認義務が当然余罪についても及んでいると考えられる場合や、別件に比して余罪が極めて軽微か、あるいは同種余罪であって、身柄拘束期間を短縮させるという意味において、被告人の利益のために余罪の同時処理を進める場合は、別論とされる。)。後者の見解によると、本罪と余罪の罪質・態様の異同及び軽重、両罪の関連性の有無・程度、捜査の重点の置き方、捜査官の意図等の諸要素を総合的に判断して、令状主義の実質的な潜脱があったか否かが判断され、その程度によって、その取調べの結果作成された供述調書等の証拠能力の有無が決せられることになる。
 以下、本件における別件逮捕・勾留中の余罪取調べの当否を判断するについて、前記の両見解を念頭に置きつつ、検討を進めることとする。
(三)本件の覚せい剤事件による逮捕勾留中に殺人事件に関する取調べも行われたこと、殺人事件の取調べに際し、乙田らが被告人に退去権及び黙秘権を告知した事実はなく、戊川弁護士が、乙田に対し、殺人事件での取調べを止めるよう二度にわたり申入れた後も、取調べに関する権利告知やその時間等に特段の変化がなかったことは、証人乙田六郎、同甲田五郎及び被告人の各公判供述によって明らかである。
(四)右の考察によれば、第一次逮捕・勾留中に行われた殺人事件の取調べは、余罪取調べの適否に関する前者の見解によれば、余罪取調べとして許される範囲を超えていたとみることができる。そして、別紙のとおり、警察段階における覚せい剤事件の供述調書作成が同年2月10日までにすべて終わっていることからすると、同月11日から14日までの間、及び同月16日午後の取調べは、もっぱら殺人事件の取調べに当てられたものと考えられ、これらが戊川弁護士の前記申入れの後であること、五時間余りから七時間余りという比較的長時間の取調べが連日行われていることを併せ考慮すると、少なくとも右の期間は、実質的な強制捜査として行われたものであって、その間の殺人事件の取調べは、令状主義を逸脱したものとして、前記の余罪取調べの適否に関するいずれの見解によっても、その違法性は明らかである。
4 起訴後勾留中の余罪取調べの適否
(一)起訴後の被告人の勾留は、罪証隠滅を防止し、かつ、被告人の公判廷への出頭を確保するためのものであって、代用監獄に勾留されている場合は、特段の事情がない限り、起訴後速やかに拘置所に移監するのが相当である。そして、そのような立場にある被告人は、別罪につき新たに逮捕・勾留されないかぎり、いかなる意味においても取調受忍義務を負わないのであって、この点、別件につき逮捕・勾留され、その被疑事実について取調受忍義務を負っていた起訴前の立場とは微妙に異なる。したがって、起訴後勾留中の余罪取調べの限界については、基本的には前記3(二)の別件勾留中の場合と同様に考えてよいが、別件について訴訟当事者の立場になることを考えると、起訴前よりも厳格に、在宅被疑者の場合に準じた形で取調べの適否を判断する必要がある。
(二)これを本件についてみると、別紙の取調時間、供述調書作成の経緯によれば、捜査官は、覚せい剤事件の起訴日である平成11年2月17日から殺人の事実で逮捕された同年三月8日の前日までの19日間の間、取調べ時間は第一次逮捕・勾留の場合と比べて全体的に抑えられているものの、2月27日、同月28日及び3月7日の3日間を除き、数時間にわたり、被告人をもっぱら殺人事件について取調べ、とりわけ、覚せい剤事件起訴半日の同年2月17日から22日までの間は、第一次逮捕・勾留中の前記違法な取調べに引き続いて、ほぼ連日、4時間前後から6時間前後の取調べを行い、その結果、殺人の故意と実行行為を認めたものを含めて11通の供述調書が作成されるに至ったものと認められる。この間、捜査官から退去権等の告知がなかったことは、第一次逮捕・勾留の場合と同様である。乙田は、証人尋問において、起訴後は任意捜査であるから、被告人が取調べに応じるのであれば、取り調べても構わないと思っていたが、被告人が取調べを拒否することはなかった旨供述するところ、前記3で認定したとおり、被告人は、戊川弁護士を通じての取調拒否の申出も無視され、覚せい剤事件の取調終了後は、もっぱら殺人事件について違法な取調べを連日受け続け、しかも、覚せい剤事件起訴の前日には同弁護士が弁護人を辞任し、裁判官に拘置所移監の職権発動を求めるなどの法的援助を受ける方途もなかったのであるから、捜査官の取調べを明確に拒否しなかったことをもって、取調べを任意に承諾し、これに応じていたものとみることはできず、むしろ、覚せい剤事件起訴前から引き続きなされた取調べにより、弁解の種が尽きてしまい、ついには自白に至ったものとみるのが最も自然である。
 ところで、同年2月24日、戊川弁護士は、再度弁護人選任届を提出し、被告人と接見後、乙田と庚川検事に対して、殺人事件の取調べが行われていることに異議を述べているところ、右接見後に作成された同日付けの被告人の警察官調書(乙四〇)には、「私が事件のことを話したのは、刑事さんから強制されて話したのではなく、罪を償いたいと思い、自分の意思で自分の口で言ったことです。弁護人から殺人事件のことは話す必要がない、どうして君はそんな取調べに応じるのかと言われて怒られたが、私としては、殺人事件で疑われているのであれば、弁解しないといけないと思い、自分から弁解したのです。」旨の記載があるが、その意味が、被告人が自ら積極的に弁解し、自白に至ったということであれば、前記3(三)で認定したとおり、たやすく信用できない。むしろ、右調書が殺人の自白後に作成されたものであることに照らすと、一旦自白してしまった以上、自己に有利な事情や反省の情をできるだけ捜査官に理解してもらって調書に留めようとの心理が働いたものとみるのが自然であり、その後右自白を翻していることからしても、右供述調書の記載をもって、殺人事件の取調べが被告人の任意の承諾に基くものであったと認めることはできない。
(三)以上によれば、捜査官は、第一次逮捕・勾留に引き続き、起訴後勾留中も、殺人事件について取調受認義務があることを当然の前提として被告人の取調べを行ったものと評価すべきであり、その取調べは、もはや任意捜査の限度を超え、実質的な強制捜査として行われたものであるとともに、令状主義を実質的に潜脱したものといわざるを得ない。したがって、起訴後勾留中に行われた殺人事件の取調べは、前記の余罪取調べの適否に関するいずれの見解によっても、許される余罪取調べの限界を逸脱した違法なものというべきである。
5 第二次逮捕・勾留の適否及び供述調書等の証拠能力
 以上検討したとおり、第一次逮捕・勾留中及び起訴後勾留中の殺人事件に関する被告人の取調べは、いずれも許された余罪捜査の限界を超えた違法なものであって、その違法性の程度は重大であり、違法捜査抑制の見地からしても、このような取調べにより得られた供述調書は、憲法31条、38条1項、2項の趣旨に照らし、証拠能力を欠くものといわなければならない。なお,本件捜査官には、取調べの違法の認識がなかったという可能性が高いが、本件における違法の重大性と明白性、弁護士による異議の存在等に照らすと、違法の認識の欠如は右結論を左右するものではない。
 そうすると、第二次逮捕・勾留は、右証拠能力を欠く被告人の供述調書を重要な疎明資料として請求された逮捕状・勾留状に基づく身柄拘束であったという点において違法であり、また、これまでに認定した起訴後勾留中の被告人の取調状況等に照らせば、同年3月8日から始まった第二次逮捕・勾留が、実質的には、すでに覚せい剤事件の起訴日である二月17日から始まっていたと評価し得るのであって、これは、事件単位の原則の下、厳格な身柄拘束期間を定めた刑事訴訟法の趣旨が没却され、結果として令状主義が潜脱されたという点においてもやはり違法であり、第二次逮捕・勾留は、結局、二重の意味において違法である。したがって、その間に作成された被告人の供述調書も証拠能力を欠くものといわざるを得ない。さらに、被告人が殺人事件による勾留中に実施された実況見分の調書二通(甲七〇、七一)は、違法な身柄拘束の状態を利用して作成されたものであるから、証拠能力を有しないと考える。