Winny事件最高裁判決のちょっとした考察。の巻

Winny事件控訴審判決は無罪だった。
これに対しては、理論的な部分で刑法学者がかなりかみついていた。
なるほどなーと思うものから、アホやなーっと内容まで色々だったけれど、結論の無罪に対する批判が多かった。


考えられる最高裁の判断としては、

  1. 控訴審の法令解釈の判断・結論維持
  2. 控訴審の法令解釈の判断・結論誤り
  3. 控訴審の法令解釈の判断誤り、結論維持
  4. 控訴審の法令解釈の判断維持、結論誤り

の4通りが考えられ得る。
結論として最高裁は、3の「控訴審の法令解釈の判断誤り、結論維持」という立場をとったことになる。結局、無罪が維持されたということである。


以下、最高裁の内容を見ていく。
まず、問題となった従犯について説示している。最高裁も丁寧になったもんだ。受験生になんてやさしいんだ。

 刑法62条1項の従犯とは,他人の犯罪に加功する意思をもって,有形,無形の方法によりこれを幇助し,他人の犯罪を容易ならしむるものである(最高裁昭和24年(れ)第1506号同年10月1日第二小法廷判決・刑集3巻10号1629頁参照)。すなわち,幇助犯は,他人の犯罪を容易ならしめる行為を,それと認識,認容しつつ行い,実際に正犯行為が行われることによって成立する。
 原判決は,インターネット上における不特定多数者に対する価値中立ソフトの提供という本件行為の特殊性に着目し,「ソフトを違法行為の用途のみに又はこれを主要な用途として使用させるようにインターネット上で勧めてソフトを提供する場合」に限って幇助犯が成立すると解するが,当該ソフトの性質(違法行為に使用される可能性の高さ)や客観的利用状況のいかんを問わず,提供者において外部的に違法使用を勧めて提供するという場合のみに限定することに十分な根拠があるとは認め難く,刑法62条の解釈を誤ったものであるといわざるを得ない。

つまり、「幇助犯は,他人の犯罪を容易ならしめる行為を,それと認識,認容しつつ行い,実際に正犯行為が行われることによって成立する」犯罪であるという大前提の理解から議論を出発させている。ここを間違えると適切な判断ができない。
そうすると、他人の犯罪を容易にするものという認識だけで幇助の故意は認められそうだ。
にもかかわらず、控訴審は、「インターネット上における不特定多数者に対する価値中立ソフトの提供という本件行為の特殊性に着目し,『ソフトを違法行為の用途のみに又はこれを主要な用途として使用させるようにインターネット上で勧めてソフトを提供する場合』に限って幇助犯が成立する」と判断している。
このように「当該ソフトの性質(違法行為に使用される可能性の高さ)や客観的利用状況のいかんを問わず,提供者において外部的に違法使用を勧めて提供するという場合のみに限定」するのはおかしいんじゃねーかと最高裁は言う。
確かに、冒頭の幇助犯の理解からすると、Winnyというソフトを提供することが、著作権侵害という犯罪が容易に行われるもので、そのことを認識していたならば、幇助の故意は認められることになる。
現に行われようとしている具体的な著作権侵害を認識してWinnyの公開、提供を行ったものでないとしても、実際には当時からそのほとんどが違法なアップロードファイルばかり流れていたWinnyの利用実態を考えると、制作者はWinny著作権侵害という犯罪に利用されるものということを抽象的な一般的可能性は認識していたといえそうだ。


しかし、最高裁は、そんな抽象的な認識では幇助の故意は認められないという。その理由が以下のとおりである。

 もっとも,Winnyは,1,2審判決が価値中立ソフトと称するように,適法な用途にも,著作権侵害という違法な用途にも利用できるソフトであり,これを著作権侵害に利用するか,その他の用途に利用するかは,あくまで個々の利用者の判断に委ねられている。また,被告人がしたように,開発途上のソフトをインターネット上で不特定多数の者に対して無償で公開,提供し,利用者の意見を聴取しながら当該ソフトの開発を進めるという方法は,ソフトの開発方法として特異なものではなく,合理的なものと受け止められている。新たに開発されるソフトには社会的に幅広い評価があり得る一方で,その開発には迅速性が要求されることも考慮すれば,かかるソフトの開発行為に対する過度の萎縮効果を生じさせないためにも,単に他人の著作権侵害に利用される一般的可能性があり,それを提供者において認識,認容しつつ当該ソフトの公開,提供をし,それを用いて著作権侵害が行われたというだけで,直ちに著作権侵害の幇助行為に当たると解すべきではない。
 かかるソフトの提供行為について,幇助犯が成立するためには,一般的可能性を超える具体的な侵害利用状況が必要であり,また,そのことを提供者においても認識,認容していることを要するというべきである。すなわち,

  1. ソフトの提供者において,当該ソフトを利用して現に行われようとしている具体的な著作権侵害を認識,認容しながら,その公開,提供を行い,実際に当該著作権侵害が行われた場合や,
  2. 当該ソフトの性質,その客観的利用状況,提供方法などに照らし,同ソフトを入手する者のうち例外的とはいえない範囲の者が同ソフトを著作権侵害に利用する蓋然性が高いと認められる場合で,提供者もそのことを認識,認容しながら同ソフトの公開,提供を行い,実際にそれを用いて著作権侵害(正犯行為)が行われたとき

に限り,当該ソフトの公開,提供行為がそれらの著作権侵害の幇助行為に当たると解するのが相当である。

まず、最高裁控訴審と同じくWinnyが価値中立性を有することに着目している。
すなわち、包丁が料理を作るという適法な行為から、人殺しといった違法行為といったものまで可能とするものであるのと同じで、それをどのように扱うのかはあくまで個々の利用者の判断による。
包丁を売ってる人が、100本に1本は犯罪に利用されていると仮定した場合、そのことを知って販売したら犯罪を幇助したとされるのは誰もがおかしいと思うだろう。
そういう意味では、最高裁Winnyについて、「適法な用途にも,著作権侵害という違法な用途にも利用できるソフトであり,これを著作権侵害に利用するか,その他の用途に利用するかは,あくまで個々の利用者の判断に委ねられている」と説示した部分は当たり前のことだが幇助犯の成否においては重視すべき点である。
これは以前の日記でも書いていたことで、多分他でもこういうことは言われていたはず。


しかも、Winnyの提供行為は他の普通のソフトの提供と変わらない態様であった。例えば、著作権侵害のアップロードを目的にした人たち限定で提供していたりしたわけではないということである。
ちなみに、「新たに開発されるソフトには社会的に幅広い評価があり得る一方で,その開発には迅速性が要求される」という最高裁の適切な理解が第一審ではまったくなかった。


で、重要なのが、Winnyのようなソフトの提供が幇助犯となるには、「一般的可能性を超える具体的な侵害利用状況が必要であり,また,そのことを提供者においても認識,認容していることを要する」という点である。
すわなち、幇助の故意が認められるには、

  1. 「ソフトの提供者において,当該ソフトを利用して現に行われようとしている具体的な著作権侵害を認識,認容」するか、
  2. 「当該ソフトの性質,その客観的利用状況,提供方法などに照らし,同ソフトを入手する者のうち例外的とはいえない範囲の者が同ソフトを著作権侵害に利用する蓋然性が高いと認められる場合で,提供者もそのことを認識,認容」すること

を要するという。
Winnyという匿名性のあるソフトの利用においてその違法な利用者を具体的に特定していない本件では、1は認められないのは明かだろう。
2について最高裁は以下のように判示している。

 本件当時の客観的利用状況をみると,原判決が指摘するとおり,ファイル共有ソフトによる著作権侵害の状況については,時期や統計の取り方によって相当の幅があり,本件当時のWinnyの客観的利用状況を正確に示す証拠はないが,原判決が引用する関係証拠によっても,Winnyのネットワーク上を流通するファイルの4割程度が著作物で,かつ,著作権者の許諾が得られていないと推測されるものであったというのである。そして,被告人の本件Winnyの提供方法をみると,違法なファイルのやり取りをしないようにとの注意書きを付記するなどの措置を採りつつ,ダウンロードをすることができる者について何ら限定をかけることなく,無償で,継続的に,本件Winnyをウェブサイト上で公開するという方法によっている。これらの事情からすると,被告人による本件Winnyの公開,提供行為は,客観的に見て,例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高い状況の下での公開,提供行為であったことは否定できない。
 他方,この点に関する被告人の主観面をみると,被告人は,本件Winnyを公開,提供するに際し,本件Winny著作権侵害のために利用するであろう者がいることや,そのような者の人数が増えてきたことについては認識していたと認められるものの,いまだ,被告人において,Winny著作権侵害のために利用する者が例外的とはいえない範囲の者にまで広がっており,本件Winnyを公開,提供した場合に,例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高いことを認識,認容していたとまで認めるに足りる証拠はない。

Winnyを入手する者のうち、「例外的とはいえない範囲の者が同ソフトを著作権侵害に利用する蓋然性が高いと認められる場合」にこれを認識しているかどうかということが幇助の故意の成否を左右するわけだが、

Winnyのネットワーク上を流通するファイルの4割程度が著作物で,かつ,著作権者の許諾が得られていないと推測されるものであった

ということから、Winnyを入手する者のうち、「例外的とはいえない範囲の者が同ソフトを著作権侵害に利用する蓋然性が高いと認められる場合」であったことを認めている。
したがって、このような認識を有すると幇助の故意が認められることになる。
そして、最高裁は、金子(Winny制作者)には、「Winnyを公開,提供するに際し,本件Winny著作権侵害のために利用するであろう者がいることや,そのような者の人数が増えてきたことについては認識していたと認められる」とまで認めている。
にもかかわらず、幇助の故意を否定した理由は、

 いまだ,被告人において,Winny著作権侵害のために利用する者が例外的とはいえない範囲の者にまで広がっており,本件Winnyを公開,提供した場合に,例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高いことを認識,認容していたとまで認めるに足りる証拠はない

という点にある。
つまり、「Winnyを公開,提供するに際し,本件Winny著作権侵害のために利用するであろう者がいることや,そのような者の人数が増えてきたことについては認識していた」だけで、それ以上に、Winnyを入手した者のうち、「例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高いことを認識,認容」まではなかったということである。


最高裁の評価からすると、違法なファイル共有率が4割程度だと「例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高い」状況ではないようだ。このような理解は不自然にもみえるが、そうではない。


なぜなら、Winnyを入手した者のうちアップロードする者の数が4割というわけではないからである。
1人がアップロードして違法なファイル共有率の4割占めたとしても、ダウンロードのみ行う者(犯罪ではない)が99人ならば、99%は犯罪行為をしていないわけで、たった1%が犯罪者だとすれば、「「例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高い」状況とはいえないだろう。


とはいえ、Winnyの構造上、ダウンロード者もキャッシュを共有することになるので、その時点で公衆送信権侵害という著作権侵害となるので、Winnyの利用者はダウンロード者も含めて著作権侵害者の可能性が出てくる。
キャッシュのことも考えると、「例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高い」状況といえそうだが、どうやら最高裁は、いわゆる一次放流主のみを著作権侵害行為者とみているのだろう。
だが、検察官の立証次第では、キャッシュを維持している者も同様と解す余地があるので、それを含めると「例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高い」状況となる可能性があるだろう。


今後の鍵はキャッシュかもしれない。


ひょっとすると、第二の制作者逮捕も来るかもしれない。
そういう意味では無罪の結論を維持した最高裁の論理は極めて巧みなのかもしれない。
「これからはちゃんと著作権侵害の利用に使った割合を証明して、そのうえでそのことを認識したと言えよー」
ってメッセージなんだろう。
そして、この証明って、要するに一次放流主(最初にアップロードした人)と二次放流主(キャッシュ保持者)の割合を示せってことなんだろうな。
ただ、一次放流主の場合にはあまり問題にならないが、二次放流主の場合、その者が著作権侵害者として立証する場合、その者の故意も問題になるんじゃないか?
あまり技術的に詳しくない人だと、「ただダウンロードしただけでなんで違法アップロード者として犯罪者とされるんだ?え、キャッシュ?ナニソレおいしいの?」ってケースも稀じゃないだろう。
そう考えると、二次放流主の犯罪性を立証するのも大変だろうな。


っていうか、そもそもそういうの個別にやるってまず不可能だわな。
しかもWinny入手者のうち「例外的とはいえない範囲」の者が著作権侵害行為に使っているってことを証明する必要があるってことやし。


ということで、制作者の安全は保護されるのかねえ?
まだまだ予断を許さない状況かも……


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