伝聞証拠スペシャル1〜基礎の基礎〜の巻

うっちからの依頼で再伝聞とか色々途中まで考えていたのだけれど、なかなか更新してませんでした。さぼってました。
しかし、刑事訴訟法とは何たるか?これをうっちにたたき込まなければならない。これが師であるおいちゃんの使命なのである。


ということで、「伝聞証拠スペシャル」をやってくれと依頼がきた。


余談だけど、司法試験の勉強は、「ただやる」だけでは絶対にダメ。受からない。勉強は合格のための手段だ。もちろんそれだけではないが、最低条件の合格すらできないような勉強方法は無価値である。だから、勉強は合格に必要なことをやらなければならないし、逆に言えば、それだけで受かる。
合格のための勉強とは何か?色々言えるが、
①試験で重要なテーマ(分野)について、②苦手な部分をつくらない。
これである。②は得意になる。というのが望ましいが、それは①を網羅してからである。
刑事訴訟法において「伝聞証拠」というテーマはAAAランクで重要なテーマであること間違いなしである。だから、ここが苦手だなんて言ってちゃダメなのだ。確かに難しい部分、というかややこしい部分はあるが、1つひとつの基本を押さえることが苦手克服のコツである。


それでは、話を戻して。
伝聞証拠の問題の所在を明らかにする前提として、そもそも刑事手続上においてどのように被告人が有罪となるか無罪となるかという基本事項を確認しておこう。

1 捜査段階
事件が起きると、警察たちによって捜査が開始される。
そして、犯罪の証拠を収集するとともに、犯人の身柄を確保する。

ここで証拠を集めるのは、犯人として捕まえた者を刑事手続、すなわち訴訟において有罪とするために必要となるためである。


2 公判
身柄拘束した者を有罪とするには、裁判で決しなければならない。逆に言えば、裁判で有罪とならない限り被疑者・被告人は、無罪であり、すなわち、犯罪者ではないということになる。法律的には「無罪の推定」というのがこれを現している。しかし、余談ではあるが、現実社会において事実上、「逮捕された人=犯罪者」と考えられている。まぁ、有罪率が9割以上ということを考えると、これは仕方がない。
しかし、法律上においては、裁判所が判決で「有罪」としない限り、犯罪者というレッテルを貼られることはない。被疑者・被告人の間は犯罪者ではないということである。

以上が、簡単な刑事手続の流れではある。端的に言えば、


①犯罪者と思われる者を捕まえて→②裁判で有罪にする


これが、警察官と検察官の仕事である。
有罪の判決を獲得するために公訴、つまり裁判所に訴えるのが検察官である。
公判段階においては、被告人を有罪にすることしか検察官は考えていない。


では、有罪にするためには検察官は何をしなければならないのか?


有罪判決は、犯罪の証明があったときに裁判所によって言い渡される判決である。つまり、裁判所は、検察官が設定した起訴事実、すなわち犯罪の事実について証明がされたという心証に達し、犯罪が成立していると認めたときに、有罪判決を言い渡すのである。

この際の、有罪認定のために必要とされる証明の程度は高い。合理的な疑いを容れる余地のない程度の犯罪成立の証明を検察官に要求している。合理的な疑いを挟む余地がほんの少しでもあれば、犯罪をした可能性があったとしても無罪の判決が言い渡されることになる。
だから、検察官は大変である。一応検察官は、完膚無きまでに被告人が犯罪者であるとして主張立証しなければならないのである。


裁判官が「むむっ。この証拠じゃちょっと足りないな。」


なんてことになっては、無罪判決がなされかねない。だから、検察官は必死である。有罪ゲットのために。


有罪判決のためには、犯罪の証明が必要である。証明するには証拠が必要である。その証拠を捜査段階で警察官は集めるのである。捜索差押えなんかはすべて有罪ゲットのためにするのである。


以上が、有罪判決のために証拠というものがいかに重要な意義を持つのか、ということについての概観である。


で、メインテーマである。伝聞証拠。

伝聞証拠も証拠である。したがって、有罪判決のために検察官がする犯罪の証明に役立つものである。
しかし、重大な問題がある。
刑事訴訟法320条1項によって伝聞証拠は原則として証拠とすることができないのである。
有罪認定の証拠として使うことができないので、このことを「証拠能力がない」と表現したりする。すなわち、伝聞証拠は原則として証拠能力がないのである。これでは、伝聞証拠は検察官の役に立たない。


それはなぜか?その前に、そもそも伝聞証拠ってどんな証拠なのか?

実は伝聞証拠の定義自体がはっきりしないのだ。これが問題を難しくしている要因の1つである。

伝聞証拠の原則禁止を定める刑事訴訟法320条1項には次のように規定されている。

第321条乃至第328条に規定する場合を除いては、公判期日における供述に代えて書面を証拠とし、又は公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を証拠とすることはできない。


この規定からすると、伝聞証拠とういものは次のものということになる

  1. 公判期日における供述に代える書面 or
  2. 公判期日外における他の者の供述を内容とする供述で & 原供述内容の真実性を証明するために使用されるもの

が伝聞証拠である。これは条文に則した伝聞証拠である。
そして、刑事訴訟法320条1項はこの伝聞証拠は原則として証拠とすることができないとする。
その意味は、伝聞証拠は、犯罪事実を証明する証拠としてこれらは使えないという意味である。これを刑事訴訟法的にかっちょよく言えば、伝聞証拠には原則として証拠能力が認められないと言ったりする。


まとめると、証拠能力が原則認められない伝聞証拠とは、公判廷に顕出される書面、または、公判期日外でなされた供述を内容とし、その供述内容の真実性を証明するために使われるときの公判廷の供述ということになる。


伝聞証拠には、①供述書、②供述録取書、③伝聞証言、の3つがある。
①②は、原供述者の供述を記載した書面が公判廷に提出される場合で、③は原供述者から聞いた内容をそれを聞いた者が公判廷で供述する場合である。いわゆる又聞きである。いずれにしても伝聞証拠は供述証拠のうちの1つである。
犯罪の証明に必要な証拠には色々な種類がある。その中のうちの1つが供述証拠である。
供述証拠とは、人の供述を内容とする証拠のことをいう。この供述証拠は、口頭であると文書であるとを問わない。
例えば、証人の証言や、捜査官が被疑者や参考人を取り調べたときにその供述を録取した書面は供述証拠である。また、行為であってもよい。例えば、犯人は誰ですかと問われて被告人を指さすこと、これも供述ということになる。


供述証拠も証拠である。しかし、供述証拠のうち伝聞証拠には証拠能力が認められていない。それはなぜなのか?


それは伝聞証拠が、①供述証拠であるということと、これに加えて②原供述者が公判廷にはいない、という性質をもつことから、次のような問題があるからである(前田=池田354頁以下参照)。

  1. 伝聞に際し虚偽が入り込みやすい
  2. 不利益を受ける当事者の反対尋問によるチェックがない
  3. 偽証罪による縛りがない
  4. 裁判官が供述時の供述者の態度状態を観察できない


1 伝聞に際し虚偽が入り込みやすい
供述は、供述過程、すなわち出来事を知覚・記憶し、記憶を再現して叙述するというプロセスを経て行われる。
そのため、知覚→記憶→叙述の各段階について、誤りが混入する危険性をともなう。この点が、供述証拠の特徴である。
万が一にでも、無実の者がこのような誤りが混入しやすい供述証拠によって有罪とされ刑罰を科されてはとんでもない人権侵害となってしまう。だから、このような性質をもつ供述証拠をもって有罪か無罪かを決定することは、避ける方が望ましいのである。



2 不利益を受ける当事者の反対尋問によるチェックがない
供述過程において誤りが混入する危険性をともなう、これが供述証拠の証拠能力を否定すべき論拠だとすると、逆に、この供述証拠の危険性を除去できれば証拠能力を認めてもいいのではないか?とも考えられる。
供述証拠の危険性を除去する手段としては、供述者本人を公判廷に出頭させて尋問することが考えられる。これが反対尋問である。被告人の反対尋問権は憲法37条2項前段で保障する証人審問権の内容に含まれた権利である。田口先生はこの反対尋問権の保障について、「当事者による真実発見の担保制度」という。つまり、被告人による反対尋問を通じて供述の真偽をチェックする、これによって真実が明らかにされる、というのである。
しかし、反対尋問は法廷においてなされるので、法廷に出頭していない者の供述については、反対尋問によるチェックができない。そのため、供述の真偽が不明な法廷外の供述証拠については証拠能力を認めるべきではないと考えられる。
また、又聞きの場合、例えば、第一目撃者から目撃内容を聞いた人が公判廷で証言する場合も同様である。その内容が真実であるかは、第一目撃者である原供述者であるため、原供述者から話を聞いた人が公判廷で証言して、その人に「どのような状況で目撃したのか?」とか反対尋問しても又聞きしただけの人は答えられない、それゆえ、真実性のチェックはできないのである。



3 偽証罪による縛りがない
また、公判廷での証言について嘘の供述をした場合、偽証罪に問われるため、反対尋問がなされた場合に嘘をつく、というのは結構勇気が必要であり、普通の人はそんなことはしない。だから、公判廷における反対尋問のチェックがなされた供述証拠は証拠として採用しても差し支えないともいえる。
しかし、公判廷外における証言には偽証罪が適用されないのである。そのため、公判廷外の供述については、勇気がなくても平気で嘘をつけるので、このような供述の信憑性は低い。このような供述に証拠能力を認めるべきではないだろう。



4 裁判官が供述時の供述者の態度状態を観察できない
公判廷外の供述の場合、裁判官は供述者の態度状態を観察することができない。供述内容の正確性を評価する上では、事実認定をする裁判官が供述者の態度を直接観察して、その供述者の挙動をもって心証が決まるといってよい。つまり、嘘を言っているのか、曖昧な記憶に基づく証言なのか、それとも確かな記憶に基づく証言なのか、これらは証言者の証言の態様によってうかがい知ることが可能である。
しかし、公判廷外の供述の場合、供述時の供述者の態度状態を観察できないので真実性の担保が弱い。


以上のような伝聞証拠の問題点を考えると、有罪とするための犯罪事実の認定に伝聞証拠なる証拠は認めるべきではない。刑事訴訟法320条1項はそのように考え、伝聞証拠の証拠能力を否定したのである。


しかし、実は伝聞例外といって、例外的に伝聞証拠に証拠能力が肯定される場合がある。しかも、例外っていいながら結構あるのだ。これについては次回!