はぁ?バチスタ手術?検察官はそんなのしらね。の巻

たぶんパンチョ伊東に狙われています。


ということで、昨日は完全に休んでいました。いや、神になる妄想という名の鍛練をしていました。


今日は、「九州に出張だから自慢したかっただけ」という理由でわざわざ電話をかけてきた奴(デビル足立という、にーやんの仲魔である。)がいました。
どうせうまいものでも食っているのだろう、と思っただけでむかついたのでう○こメールを送信してやりました。
ここだけの話ですが、そのうちリアルう○こメールを送信してやろうと計画を立てています。



とにかく昨日は一切勉強をせず、気合いを入れてあるドラマをいっきに制覇してやりました。


そのドラマは「チーム・バチスタの栄光


医療ドラマはおもろい。
まさに命とのやりとり。


しかし、この「チーム・バチスタの栄光」は普通の医療ドラマとはひと味違う。医療ドラマと思って見たら「アレ?」と思う。
なぜなら。完全にミステリー風になっているからだ。


こういう「+α」的な要素は大抵が中途半端のまま失敗に終わる。というのが通例なのだが、このドラマは違った。
とてつもなく巧みにミステリー要素を取り入れている点で秀逸である。
原作者は海堂尊という医者だが天才すぎる。

そのミステリー要素とは、



「手術室で行われる完全密室殺人」



医者が手術中に患者を殺すということをやってのけるという、なんとも恐ろしい出来事なのである。
これは最も恐ろしいテーマなのだ。前回言ったように、最も信用できるような善人が実は悪魔であるって話だからだ。


しかも、犯人が最後の方にならなければ決してわからないという予想外の結末。
同じくバチスタ手術をテーマにした「医龍」ってドラマも見たが、これとはまた違ったおもしろさなのだ。


と、絶賛したものの、いくつか「おいおい」ってところもあった。
が、あえてそこは突かないでおこう。俺はドラえもんのようにやさしい猫型ロボットだからだ。



話を戻そう



とにかく、ラストはどうしたものかと悩んでしまう。
仮に俺が検察官で、この犯人を公訴するとしよう。
で、この犯人を、どうやって殺人罪で「立証」するのだ?
証拠がないのだ。
つまり、このままでは犯罪者を犯罪者として処罰することができないのだ。



それでもボクはやってない」というえん罪事件をテーマにした映画があった。
無実の者が裁かれるという、「司法による正義の実現はいったいどうなってんだ!!」みたいなジレンマがリアルに再現されている。



なるほろ。無実の者を裁くというのも正義に反する。
が、他方で、犯罪者を無罪放免とすることもまた正義に反するだろう。

刑法199条
人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。

殺人罪を定める法律はこれだけしか書いてない。
「人を殺した」ことを立証するだけなのだが、その立証の困難性を改めて教えてくれた作品、それがチーム・バチスタの栄光である。

何が難しいって、立証のために必要不可欠の「証拠がない」ということにつきる。
犯人が「そんなつもりじゃなかったの。ごめりんこ。」とか言って自白がとれない場合はもとより、
犯人「いやいや。これが最善を尽くした結果なのですよ。」
とか言った日には、「だめだこりゃ」って感じだ。


ドラマの中でも出てくる専門用語がある。
未必の故意」である。


「人を殺した」といえるためには、「不注意で死なせた」ではダメなのだ。
「不注意」ではなく「殺意」をもってやったということが必要なのだ。

要するに、
「わざとやっただろおまえ」
と言える必要がある。
だから、「人を殺す意思」をもってこいつが殺した!と立証しなければならない検察官としては「どうしようか?」と悩むところなのだ。


「わざとやっただろ」というのもいくつか種類がある。
「これで確実に仕留めてやるゼ!」って犯人の場合は、「確定的故意」といって、「未必の故意」とは区別される。
この「確定的故意」に対して「未必の故意」は、積極的に殺すっていうよりも、
犯人「あぁ。このままでは死ぬな。殺す気はなかったんだけど、まいっかやっちゃえ。」
っていう心理状態である。
この「未必の故意」は明確な殺意がなくてもよいわけである。ゆえに、まだ立証しやすそうである。
「故意」なのだから、これが認定できたら不注意による犯罪ではなく、故意による犯罪として処罰できる。


しかし、これまた難しい。
死ぬかもしれないと思いつつ、死んでも仕方がないと認めた上で犯行にでた心理状態。どっちにしても「心理状態」を立証することは極めて難しいという点では、「確定的故意」も「未必の故意」も変わりはない。
自白がない日にはもう殺人罪故意犯)は無理じゃね?とあきらめモードになるくらいだ。


そこでだ


「わざとやった」というのが無理なら、せめて「不注意でやった」と言えないか?つまり過失犯での立件はどうだ?
まだ業務上過失致死罪という罪でなら何とか立証できるかもしれない。
不注意の自動車事故とかで成立する罪である。
車の運転だったら「普通の人ならよそ見しないでちゃんと運転しないとダメだろ」、とか不注意を指摘できるだろう。
が、やっぱり「手術」というだけで高度な分野での話。医療事故ではそんな簡単にはいかない。
医者だったらここではこうすべきって話になるから、それだけで難しい話になってくる。
その上、バチスタ手術という外科手術の中でも難しい心臓手術での「不注意」を立証するのもこれまた難しい。盲腸を切るのとは勝手が違うのだ。
たとえば、証人(鑑定人)としてその道のプロを連れてきて話を聞こうと思っても、犯人と同等以上の専門家がいないような難しい外科手術で、誰がどうやって「不注意」を認定できるのだろう。


手詰まり!



さらに、法律では「疑わしきは被告人の利益に」という原則(推定無罪)から、グレーの人間でも「白」と扱うこととなっているので、このまま公訴を提起しても無罪確定の可能性大である。
有罪にするためには「合理的な疑いをいれない程度に立証」しなければ、検察官は負けなのだ。
つまり、裁判官が「こりゃ合理的な疑いを差し挟む余地がないな。こいつだろ犯人は」という感じにならないと有罪に持ち込めないのだ。
これから裁判員制度が開始されるが、こんな難しい事件が来たらどうなるのやら。司法試験を合格した裁判官でも難しい判断が、一般の国民である裁判員の人に理解できるのか!?それとも理解できないまま、グレーの人間を「黒」として有罪にしてしまうのか!?とてつもないカオスの世界到来か!?是非俺をカオスに!



そんな妄想をしてたら、たのしくてしかたありませんよ。はい病気です。



ということで今日の結論。


完全犯罪を成立させることのできる医者は神であり、悪魔でもある。
そして俺はいつになったら神になれるのか。それが問題だ。