「せり上がり」と同時履行の抗弁権と存在効果説。の巻

辰已の実力診断テストの復習しとります。


で、疑問に思ったこと。

あれ?なんで、売買契約に基づく代金支払請求権が訴訟物のときは、同時履行の抗弁について、せり上がりの問題は生じないんだ?

確か、権利抗弁の同時履行の抗弁でも、存在効果が認められてたんじゃなかったっけ?




以下の「せり上がり」については、要件事実30講〔第2版〕100頁以下参照。

■ 「せり上がり」の意味

 「せり上がり」とは、本来相手方の主張の後に主張すれば足りる要件事実を相手方の主張の前に主張しなければならない場合を意味する。


 つまり、ある法律効果の発生原因である要件事実(例えば、請求原因)を主張する場合に、その主張を主張自体失当としないために、本来は相手方が抗弁等として主張するのを待って主張すれば足りる要件事実(例えば、再抗弁として機能する要件事実)をもあらかじめ(請求原因として)主張しておかなければならない。


 なぜなら、請求権の発生原因事実を請求原因として主張したところ、その事実中に抗弁となる事実が含まれている場合、請求原因事実が認められても、同時に抗弁事実も認められることになるから、そのままでは、請求原因事実が、その立証をまつまでもなく、主張自体失当となってしまうからである。

■例

要件事実30講では、「せり上がり」が生じる具体例として、以下の4例が挙がっている。

  1. 売買代金債務の履行遅滞に基づいて損害賠償を請求する場合(事例1)
  2. 売買代金債権を自働債権とする相殺による債権の消滅を主張する場合(事例2)
  3. 建物の賃貸借契約の期間満了を理由に建物の返還を請求する場合(事例3)
  4. 土地の賃貸借契約における無催告解除特約に基づいて契約が解除されたとして土地の返還を請求する場合(事例4)

■(事例1) 売買代金債務の履行遅滞に基づいて損害賠償を請求する場合

1 請求原因〔履行遅滞に基づく損害賠償請求権の発生原因事実〕
 ① XとYが本件目的物について売買契約を締結したこと
 ② XがYに対し、本件目的物を引き渡したこと
 ③ ①の売買契約で定められた代金支払時期を経過したこと
 ④ 損害の発生とその数額
2 「せり上がり」が生じる理由
 履行遅滞の発生原因事実(要件事実)は、履行期が経過したことであり、債務を履行しないことについて違法性阻却事由がないことは、債務者である相手方に主張立証責任がある。
 しかし、売買代金債務の履行遅滞に基づく損害賠償を請求するためには、請求原因において、代金債務の発生原因事実(要件事実)として、本件目的物の売買契約の締結を主張立証することになるが、売買契約の締結を主張立証すると、代金債務が売主の目的物引渡債務と同時履行の関係(民533条)にあることをも主張立証したことになり、同時履行の抗弁権が付着した契約であるということは履行遅滞に対して違法性阻却事由があるという抗弁となる。これを「同時履行の抗弁権の存在効果」という。したがって、この同時履行の抗弁権の存在効果によって請求原因において抗弁事由があることを主張立証したことになってしまう。
 そこで、「せり上がり」が生じ、Xは、請求原因において、本来は再抗弁として働くはずの事実である、同時履行の抗弁権の存在効果を消滅させるために売買契約の目的物(本件目的物)を引き渡したとの事実(請求原因②の事実)を主張立証しなければならないことになる(ただし、厳密にいえば、引渡しの提供で足りる)。
 売買契約等の双務契約(民533条)に基づく債務の「履行遅滞」において、同時履行の抗弁権の存在効果が問題となるのは、同時履行の抗弁権はそれが存在すること自体が違法性阻却事由と解されているため、売買契約等に基づく債務について履行遅滞を主張する場合には、違法性阻却事由である同時履行の抗弁権がなく、債務の履行遅滞が違法であることを主張立証しなければならないからである。同時履行の抗弁権の存在効果によって、売買契約等に基づく債務の「履行遅滞」の発生原因事実(成立要件)として、同時履行の抗弁権が消滅したこと(あるいは存在しないこと)が付加されると考えてもよい。
 したがって、売買契約等に基づく債務の履行遅滞が問題となる、売買契約等の債務不履行解除を主張する場合にも、同時履行の抗弁権の存在効果による「せり上がり」が生ずることになる。
 

以上のようなことが、要件事実30講などでは書かれている。
あ、なるほど。同時履行の抗弁権を有する者が抗弁権を行使する旨明示することを必要とする「権利抗弁」であると解する判例・実務においては、ここでいう同時履行の抗弁権の存在効果の中身って、その抗弁権の存在自体から違法性を阻却するって効果ってことね。
つまり、権利行使を阻止するって効果じゃなくて、履行遅滞が違法でないことっていう効果が存在効果であって、これが請求原因ですでに現れてしまってる。だから、これ(抗弁)をつぶす再抗弁をも主張しないと、主張自体失当になってしまうってことね。

■(事例2) 売買代金債権を自働債権とする相殺による債権の消滅を主張する場合

1 抗弁〔相殺の要件事実〕
 ① Yは、Xに対し、本件目的物を代金○○万円で売ったこと
 ② Yは、Xに対し①に基づいて本件目的物を引き渡したこと
 ③ Yは、Xに対し上記売買代金債権をもって、X主張の貸金債権と対当額で相殺するとの意思表示をしたこと
2 「せり上がり」が生じる理由
 相殺(民505条、506条)の要件事実は、

  1. 自働債権の発生原因事実と
  2. 相殺の意思表示

であり、自働債権に抗弁権が付着していることは、本来は、相殺の相手方(自働債権の債務者)が主張立証すべき事実(この事例では再抗弁として働くはずの事実)と解されている。しかし、自働債権が事例2のように売買代金債権である場合には、その発生原因である売買契約締結の事実は、その売買代金債権に同時履行の抗弁権(民533条)が付着していること(これも同時履行の抗弁権の存在効果である)を示す要件事実でもあり、自働債権に抗弁権が付着しているときはこれをもって相殺の用に供することはできないとされている。
 したがって、売買代金債権を自働債権として相殺を主張する場合には、そこに「せり上がり」が生じ、本来は再々抗弁として働くはずの事実である、同時履行の抗弁権(存在効果)が消滅した(あるいは存在しない)との事実(同時履行の抗弁権の消滅事由・障害事由)を主張立証しなければならないことになる。この場合も、同時履行の抗弁権の存在効果によって、相殺の成立要件に同時履行の抗弁権が消滅したこと(あるいは存在しないこと)の要件事実が付加されることになる。
 また、相殺については、自働債権が消費貸借契約に基づく貸金返還債権の場合、貸借型理論の適用があるので、自働債権として、消費貸借契約締結の事実を主張立証すると、弁済期の合意の事実が現れることになる。したがって、弁済期の定めがない場合を除き、相殺を主張する当事者は、自働債権の弁済期の到来をも主張立証しなければならない。

■(事例3) 建物の賃貸借契約の期間満了を理由に建物の返還を請求する場合

1 請求原因〔期間満了による賃貸借契約終了の発生原因事実〕
 ① XとYとが本件建物の賃貸借契約(期間3年)を締結したこと
 ② XがYに対し①の賃貸借契約に基づいて本件建物を引き渡したこと
 ③ ①の賃貸期間が満了(経過)したこと
 ④ XがYに対し期間満了の6か月前から1年前までの間に更新拒絶の通知をしたこと(借地借家26条1項)
 ⑤ ④の更新拒絶について正当事由があること――正当事由の評価根拠事実(借地借家28条)
2 「せり上がり」が生じる理由
 一般に賃貸借契約の終了に基づく目的物返還請求権としての建物明渡請求の請求原因事実は、上記①ないし③の事実と解されている。しかし、上記①の事実(賃貸借の目的物が建物であること)は、同時に賃貸借契約に借地借家法が適用されることを明らかにする事実(抗弁事実)でもあり、上記①ないし③の事実のみでは、借地借家法26条1項によりその賃貸借契約は法定更新されていることになる。そのため、請求原因は主張自体失当ということになる。
 したがって、「せり上がり」が生じ、原告は、請求原因として、上記①ないし③の事実に加えて、上記④および⑤の各事実(借地借家26条1項、28条)を主張することで、法定更新の成立を妨げる事実(本来は再抗弁事実)をも主張立証しなければならないことになるのである。


■(事例4) 土地の賃貸借契約における無催告解除特約に基づいて契約が解除されたとして土地の返還を請求する場合

1 請求原因〔無催告解除による賃貸借契約終了の発生原因事実〕
 ① XとYとが本件土地の賃貸借契約を締結したこと
 ② XがYに対し①の契約に基づいて本件土地を引き渡したこと
 ③ 賃料発生のための一定の期間が経過したこと
 ④ 賃料の支払時期(民614条、あるいは特約)が経過したこと
 ⑤ XとYとが無催告解除特約を締結したこと
 ⑥ XがYに対し、③の支払時期の経過後、①の契約を解除するとの意思表示をしたこと
 ⑦ Yの背信性を基礎付ける具体的事実。背信性の評価根拠事実
2 「せり上がり」が生じる理由
 催告解除による賃貸借契約終了の発生原因事実は、上記①ないし④の各事実のほか、⑤’XがYに対し一定期間分の賃料の支払を催告したこと、⑥’催告後相当期間が経過したこと、⑦’ XがYに対し、催告後相当期間が経過した後に契約を解除するとの意思表示をしたことである。そうすると、不動産の賃貸借契約について、無催告解除特約が締結された場合には、催告が不要になるのであるから、上記田ないし⑥’の各事実のみで足りるようにも思われる。しかし、不動産の賃貸借契約において無催告解除特約が締結された場合には、上記①ないし⑥の各事実に加え、契約を解除するに当たり催告をしないで解除しても不合理とは認められない事情、すなわち賃借人(Y)の背信性が認められない限り、賃貸人(X)による無催告解除は認められないと解されている。
 したがって、①の事実においてXの主張する賃貸借契約が「不動産(土地)に関する賃貸借契約」であること(本来抗弁事実として働くはずの事実)が現れているために「せり上がり」が生じ、原告は、請求原因として、被告の背信性の評価根拠事実(⑦の事実)をも主張立証しなければならないことになるのである。
 なお、事例4は、不動産の賃貸借契約について無催告解除特約が締結された場合であるが、無催告解除特約ではなく、当然解除特約(債務不履行等があれば当然に契約解除となるとの特約)が締結された場合も、上記と同様に「せり上がり」が生ずることになる。